SNSの正しい使い方。


今夜の食卓にて、twitterについての話題が上った。娘がtwitterデビューを切望しているのだが、夫は反対している。

「例えば、カップラーメンの中にゴキブリが入っていたとするだろ。それに驚いた人がみんなに知らせようとSNSに画像をアップロードしたら、たちまち炎上して、その人はアカウントを停止した。」

「へえ、なんで?」

「そのカップラーメンのファンたちが、『お前のせいで○○麺が食べられなくなった!』と、ツイートした人を一斉に攻撃した。挙げ句の果て、ツイートした人の本名や住所まで特定されちゃったんだ」

意気込んでいた娘の顔が凍りついたので、私は付け加えた。

「え、それって、悪いのはカップラーメンのファンたちじゃないの?ツイートした人は、企業の不祥事を訴えたんでしょ。それに、ツイートした人の本名や住所を特定するのはプライバシー侵害じゃないの?」

夫は、テレビに顔を向けながらいった。 「Twitterっていうのはそれくらい怖いところなんだよ。だからやるもんじゃない」



未成年でSNSをやっている人はどれくらいいるのだろうか。近年ではSNSのいじめや犯罪に巻き込まれるケースが多発しており、未成年の使用を制限する動きが出ているが、未成年に向けたSNSの相談窓口なども設けられており、心に悩みを抱える若者たちの支援の役目も果たしている。

SNSは怖い場所であるという夫の意見は間違いではないけれど、これからの時代を生きる人たちにとっては、決して欠かせないツールでではないだろうか。使い方を間違えれば、心に大きな傷を負う可能性もあるが、発展や成長を望む人たちにとっては、正しい使い方を学ぶことで、夢を叶える重要なツールとなるからだ。



では、SNSの正しい使い方とはなんなのか。

私が自分のサイトでブログを書き始めたのは2000年のことだ。フリーランスになったばかりの頃、会社員を辞めた開放感で私の表現欲求は炸裂した。毎日のように書き綴られたエッセイには徐々に人が集まり、コメントやフォロワーがどんどん増えていった。 しかし当時の私は、その時の感情や考えをたくさんのの人に知って欲しいという気持ちが先行していて、それを読んだ人がどう感じるかまでは考えきれていなかった。だから批判や中傷もたくさん受けた。ネットでしか言えない素直な気持ちを書き綴っていただけに、批判された時は大変傷ついた。

それでもネットの世界で活躍する表現者たちには魅力を感じていた。彼らの発信したものは、人を魅了し、社会を良い方向へ導いていく。彼らと私の違いはなんだろうか。それを知るためにも、私はインターネットの世界で表現する(鍛錬する)ことをやめられなかった。

ネットの世界であれ、リアルな世界であれ、自己表出して、誰かにフィードバックしてもらえなければ、自分を知ることはできないし、自分に自信や責任を持つことはできない。

随分危険な冒険をしてきたと思う。だけど私が表出してきた事に後悔はしていない。良い経験は宝となり、悪い経験は教訓として、私の中に積み上げられ、他人の記事を見ても、それが自分にとって良い情報か悪い情報かを見極めることができるようになった。

これからはインターネットの時代が加速し、世界はグローバル化していく。異文化の人たちと何かを創り上げていく時代はきっと来る。その中で、日本人はいつまでも自己表現することを避けていてはいけないと思う。まさに今が、自己表現の訓練をしていくべき時なのではないだろか。

20年間インターネット上での活動で学んだことは、インターネットでの発言は、誰かへ悪意であってはいけないということだ。悪意の発言は、他人の悪意を刺激する。中傷する人は中傷されるし、誰もが自己中心的な考えで発信すれば、社会全体が理性を失い間違った方向へ流れてしまう。今回のコロナの騒動も、そうした無責任な人たちの発言が、社会を混乱させたことは、誰もが記憶に新しいことだろう。

政治家や起業家、芸術家など、世の中を良くしようという信念のもとにあえて炎上するような発言をする人もいるが、そのような覚悟のない人は、無闇に悪意を晒すようなことは言わない方が無難だ。また、ストレス解消のために不平不満をネット上で吐く人もいるが、その発言に扇動された人に不満をぶつけられて逆にストレスを溜める結果になるだろう。

私自身は、たとえ多くの人に批判されても、明快な考えを持って発信を続ける人が好きだ。例えば彼が「これは間違っているんじゃないか」と思われるような発言をすることがあっても、彼の発言が悪意ではなく善意からのものであれば、反対意見の人に耳を傾けることができると思うからだ。

Facebookを始めて7年になるが、私はあまりトラブルに巻き込まれたことがない。なぜかというと、発信する前に、独りよがりの発言になっていないか、他人を傷つける発言になっていないかを確認するようにしているからだ。それでも時々、批判されることはあるけれど、他人と自分の考えは違うことを前提にしているので、批判もありがたく受け取るようにしている。


SNS は危険な場所だが、使いこなす訓練をすれば、思わぬ幸運も運んでくれる。次世代を生きる人たちは、是非ともこの訓練をして、未来を切り開いていって欲しいと思う。

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