点と線


いつかのスティーブ・ジョブスのスピーチで「点と線」の話が出た。

「心に引っかかることがあれば、迷わず行動しなさい。その時はなんだか分からなくても、後になって、それが正しかったことに気づくだろう。点はやがて線で繋がれる」


点とは「インスピレーション」、線とは「認識」だ。

私たちは何かが心に引っかかると、頭より体が動き出している。見えない何かに突き動かされる。その結果は、必ずしも良いものとは限らないが、後になってそれが、自分にとってどういう意味を持っていたか理解することができる。


20年前、私は小説学校へ通っていた。小説家になろうと思ったからだ。

私はそれまで文学を深く考察するタイプではなかった。日記を書くことぐらいしかやっていなかった。今思えば全く無謀な挑戦だったのだが、フリーランスになりたての私は、迸るカオスの塊だった。今まで会社の中で押さえつけてきたものが一気に噴き出た。私はこの時、自己表現のツールに文章を選んだ。

しかし、当然ながら現実は甘くなかった。書いたものは、どこへ行っても興味を持たれたが、決定的なものが欠けていた。私は物語を作ることには長けていたが、肝心な「人間の内面」を書くことができなかった。

「人間の内面」とは何か。この問題を突きつけられた私は動揺した。わかっているつもりだったから。でも、専門の人から見れば、それは「違う」というのだ。あらゆる手を使って探ろうとしたが、どうやっても答えは見つからなかった。


途方に暮れた私は、いったん書くことを中断して、一番恐れていたことに向き合うこととなった。

それは「出産」だ。

あんなにお腹が膨れて私は生きていられるかしら、今まで必死で築いてきたものが壊れたらどうしよう...病院で丸々太った妊婦さんを見るたびに、若い頃から私は言いようのない恐怖と嫌悪感を覚えていた。

そんな私が何故、出産と向き合う気になったかというと、これもまた、見えない衝動だった。そんなに明るい希望のようなものではなかった・・・ただ、このままでは干からびてしまうようで、生きるための養分を入れるには、「恐れているもの」と向き合う必要があった。


37歳の出産は過酷だった。つわり、切迫早産、切迫流産、10ヶ月のうち3/4はベッドの上だった。苦しくて何度も吐いた。今まで覆っていた鎧がバキバキと壊れていった。家族みんなが私を労ってくれたので、私は弱い惨めな自分を受け入れることができた。

18時間の苦闘の後、女の子を出産した私は、大仕事を終えた爽快感があった。


出産を終えた後、また小説を書こうと思っていたけど、頭で考えることが億劫だった。その代わり、毎日変わる雲模様や朝日、夕日が昔の何倍も美しく感じた。私はこの感動を表現するのに、絵を描くことを選んだ。


空を見上げれば無数の星がある。古代の人は、その中で一際大きな星をつないで星座を作った。私は星座を見つけて、神話を語るのが好きだった。しかしまだ星は無数にあり、新たな星座が誕生するかもしれない。未来にはそんな可能性がいつだって用意されている。


可能性はどこから来るのか?それは星を見つけることだ。小さな日常で起きる出来事は私たちの心にいくつもの創造と破壊をもたらし、人生をゆっくりと変えていく。小さな感情、小さな気付き。私たちは発見を積み重ね、自分を認識していく。


発見に興味が無くなったらどうなるか?多分、地底からお呼びがかかるだろう。墓の中から無数の手が伸びてきて、私の足を引っ張るだろう。生に未練を持った死者たちが、「私を解って、お願い助けて」と悲鳴を上げ訴えている。


この悲鳴を聞くたびに、私がこの世に生まれた意味を考える。そして重力と自然の摂理に逆らわずにはいられない。何歳になろうが、疲れていようが、私は望む事をやるだろう。何故なら死者となった時、墓の底から子孫に「私を解って、助けて」なんて言いたくないからだ。

でも、何故、私には死者の叫びが聞こえてくるのだろうか。どうしてこんなに追い立てられるのだろうか。誰か知っていたら教えて欲しいよ。

Graphics@TOMOMI SATO





"Birth"2018@Tomomi Sato

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