狂気と癒し〜フリーダ・カーロの芸術


「女」をテーマにした作品を描いたことは何度かある。しかし私の描く「女」はあまり美しくない。私はあの時、未熟だったから、本能の叫びとその全体像を捉えられていなかったかもしれない。それでも、どうしても描き残しておかなくてはという使命感があった。

今日、美人画が好まれる日本で、なぜ私がそんな使命感を持ったのか、多くの人はわからなかったと思う。女を描くのは難しい。「女の生=性」と向き合うのは、タブーと向き合うことだ。目を背けたくなる残酷な物語だ。しかし真実を描く必要があった。多分、フリーダも、そうせずにいられなかったのだろう。だから私は彼女に深く共感する。

堀尾真紀子著の「フリーダ・カーロ 引き裂かれた自画像」は、メキシコの女流作家の伝記だ。

実を言うと、イタリア のコンテンポラリーアートマガジン上で行われるフリーダ・カーロ賞に参加することになっていて、出品作品をどれにするか決められず、どんな人だったのかちょっと探ってみようと手に取った本である。

綺麗な人だった。意志の強そうな太い眉毛、ぱっちりと開いた大きな目。メキシコ衣装を着た胴はきゅっと細く締っていた。 でもそんな華やかな印象とは裏腹に、幼少期から病気や事故の後遺症で身体的な苦痛が常につきまとっていた。また、事故で骨盤が傷ついていたため子供が産めず、流産を繰り返した。夫はメキシコでは有名な職業作家だったが女性関係が絶え間なく、常にフリーダは悩まされていた。フリーダ自身も当て付けのように、若い芸術家たちと不倫を繰り返しながらも、夫ディエゴ とは離れることができず、一度離婚するも翌年再婚。後、持病が悪化し、鎮痛剤なしではいられない生活に苦しみ、最後は夫に見守られながら47才の若さでこの世を去った。

フリーダの人生は、運命的に用意された一つのテーマがあった。これは女性が誰もが持っていながら、正面から向き合うことができない魔物と向き合うことである。もし、向き合えば、間違いなく発狂するような、そういう感情。彼女の芸術才能は彼女の人生を戦うための武器だった。だから狂気を客観視し、魔物に立ち向かえたのだ。


最近FBのタイムラインに、フリーダの作品を何作か投稿した。彼女の象徴的表現は何人かのビューアーの気分を害した。フリーダの絵は残酷だ、と評する人かいたけど、彼女の描いているものは、「真実」だと思う。私たち女は、「女」であろうとするほど、この狂気的な感情と出会うことになる。しかし平和を失いたくないので、多くの人は見て見ぬふりをするか、狂気で人生を踏み外した人を批判することで自分を守ろうとする。 でもフリーダの絵が後世に残っているのは、世間が人間の内面を冷静にみれるようになって、フリーダの芸術に共感できるようになってきたからだと思う。彼女の背負った運命、孤独と飢餓感、狂気が生み出した芸術は、後に多くの人を癒し救うものとなった。 ここで言う「狂気」とは何なのだろうか。 時代が変わり、女がどんなに多様な生き方をしても、女のテーマはひとつなのではないかと思う。愛は「揺りかご」だ。どんなに女が強くなっても、最後は揺りかごに守られたいと願わない人はいないだろう。そして揺りかごの周りには、柵があり、落ちることがない代わりに、立って歩き、世界を見て、冒険することもない。 私たち女は男を愛すると、ゆりかごを期待する。しかし大抵の男は揺りかごにはならない。男は、女を檻に閉じ込めて、さっさと自分の冒険に出かけてしまう。 男と女、雄と雌は、互いの生存のために相手を支配したくなるのが本能なのかもしれない。本能に基づいた感情は、平和だった日常を壮絶な戦いに変えていく。 毎回報道される不倫や、離婚、親子男女の愛憎による殺傷事件は、本能的な飢餓感が蓄積され、ある日突然噴火して起きた惨事だ。

私たちは、どんな時も本当の欲求を知るべきなのだ。平和な毎日を送るために、自分を偽ってはいけない。もし私たちの中に飢餓感や傷、痛みがあるならば、できるだけ早めに気付き、労ってあげなくてはいけない。誰にでも幸せになる権利がある。そのために自由な心でいることだ。平和は幸せとは限らない。もしかしたら、平和を壊してこそ本当の幸福があるかもしれない。 フリーダの苦痛に満ちた芸術を見ると、私はフリーダを労い、敬意を表さずにいられない。そしてこれから惨事を起こすかもしれない人に、多くの気づきが与えられますように、祈らずにいられない。



(上)フリーダ・カーロ 「根」1943年 (下)フリーダ・カーロ「ヘンリーフォード病院」1932年


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