寛大な個人主義。


幸福度を測る上で、個人主義は重要な文化的特徴のひとつ。

個人主義の強い社会では、収入とは関係なく

人々の幸福度が高くなる。

逆に、個人主義が十分に発達していない国では、

経済水準が高くても幸福度は高まらない。

超集団主義の日本や韓国には、それがあてはまる。

では集団主義のどんな面が、個人の幸福を妨げているのだろう?

集団主義の社会では、集団の和や目標を個人の自由よりも優先し

集団が生き残るために個人を統制する。

それだけでもかなり疲れる話だけど、

もっと大きな問題は、統制の方法にある。

社会が個人を統制する方法として、

個人主義社会では主に「罪悪感」を利用し

集団主義社会では「羞恥心」を利用する。

罪悪感が自分の内面に生じる恥なら

羞恥心は他人の目を通して感じる恥。

だから私たちは、お互いを統制し、

他人の目を意識するように求められる。

常に相手の立場に立ってものを見るように教わってきたせいで、

他人の目で自分の行動を点検し、

その結果、「金持ちになって見返してやりたい」とか、

「人さまに恥ずかしくない生き方をしたい」といった

つまらないことを言うようになる。

このように、必要以上に人目を意識するのは、

心に監視カメラを設置するようなもの。

誰かに見られているとうい感覚のせいで、緊張し、不安になる。

だから「嫌われる勇気」が日本と韓国で爆発的に売れたことは

両国民が他人の目を恐れて生きていることを裏付けている。

また、集団主義社会で生きることの面倒くささを表してもいる。

韓国が集団主義社会になったのは、

共同労働を基本とする農耕社会の影響だと言われている。

でも、今はみんなで一緒に米を作っているわけではない。

「嫌われる勇気」より大切なのは「寛大な個人主義」。

何でも西洋のものがよいといっているわけではなく、

今の集団主義文化は利点より弊害のほうが多いということ。

研究によると、個人主義社会は、

反社会的行動が多いとという一般的なイメージとは裏腹に、

親切さ、寛大さ、社会的協力と結びつく社会なのだという。

お互いのありのままの姿を尊重するので

温もりのある関係がつくられる。

今の私たちには、ふたつの変化が必要だと思う。

ひとつは、他人の人生に過度な関心をもたず、干渉しないこと。

これは、感受性をどのように育てるかという問題。

もうひとつは、他人の反応に過敏にならないこと。

一人一人の生き方と価値観を認め、共に生きる方法を学ぼう。

私も完璧ではないけど、努力を続けている。

私はあなたともう少し幸せになるため、

お互いに真心をこめて。

キム・スヒョン著 吉川南訳「私は私のままで生きることにした」より

Photo by (c)Tomo.Yun URL http://www.yunphoto.net

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