家族の構図



コロナウイルス のおかげで外出もままならない状態が続き、家族が皆家の中で暮らす日々だ。

私の家族は皆が個室を持っていて、それぞれ好きなことをしているので、家に籠りっきりの生活もそれほど苦ではない。食事の時間はリビングに集まり、ごはんを食べ、テレビを見ながら1時間程度の雑談をして、また部屋へ戻っていく。

でも他の家族は、ずっと家にいると互いにストレスが溜まって喧嘩したり、離婚に至るようなケースもあるらしい。


人と人との距離、これはむずかしい。べストな距離はどれくらいなのか、これは個々によって違う。


私は「家庭は誰にとっても安全な場所」という考えが基本としてある。顔を合わせれば、あいさつをし、疲れていたら労いの言葉をかける。そして必要以上にふみ込まない。これが良いか、悪いかは別として。


家族はそれぞれのフィールドで頑張っている。多分自分自身と、それだけではない何かのためだ。奮闘の後、「新しい経験」という宝と喜びを家に持ち帰る。

感情のシェアリングは最も幸福な時間だ。なのに家族団欒の時には、その喜びをうまくシェアできない。成長や発見は、誰にとっても嬉しいことなのに、メンバーの誰かが成長して違う世界を持つと、他のメンバーが寂しい気持ちを持たないとは言えない。だから私は何か喜びがあったとしても報告だけにとどめてしまう。


毎日健康で、生活はうまく回っている。でも何か物足りない。こんな家族は多いのではないか。


この間、不倫騒動を起こした東出昌大さんが謝罪会見をした。女性記者が寄ってたかって東出さんを責め立てていて、彼は言葉少なに頭を下げて会見を終えた。

決して家族が嫌いだったわけではないと思う。むしろ子煩悩な人だった。そんな人が家族を傷つけようとして、他の女と恋をしたとは思えない。確かに妻からすれば裏切りかもしれないが、多分、仕事も家庭も忙しすぎて、逃げ場がなかったのだろう。彼の本心は身内は理解できないと思う。第三者でなければ理解できないことがあるから、家族というのは不完全なのだ。私は不倫は罪ではなく、一種の事故だと思う。


今、社会は激流の中で変わりつつある。家族のあり方もだ。男と女の本質は昔から変わらないが、「男が外に出て女が家を守る」という構図は崩れてきている。男の収入だけでは充分に暮らしてゆけず、女もいろんな意味で社会参加する機会が増えている。そして相変わらず、子供の教育にはお金がかかり、男女がそれぞれの責任を持って行わなくてはならない。

大人だって、疲れる時もある。甘えたい時もある。夫婦の時間を持ちたいと思っても、どちらか疲れ果てていたら、そういう時間もままならない。


もはや家庭をオールインワンに捉えるのは無理があるのではないかな。現代の大人たちは、昔よりもずっと考えるべきことが多く、忙しい。そして疲れている。彼らには充分な休息場所が必要だ。例えば、家族以外のコミュニティ。仕事で高めあうコミュニティ。日頃の生活の悩みを共有するコミュニティ、趣味を楽しむコミュニティ。それぞれの場所で楽しむ自由を持ち、成長を喜び合えるのが、家族関係のバージョンアップに繋がるのかなとも思う。


絵:佐藤智美「家」2015年


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